大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4492号 判決 1973年4月19日

原告 大堀リツ子

右訴訟代理人弁護士 柚木司

被告 内藤はつ

右訴訟代理人弁護士 坪井昭男

主文

被告は原告に対し、金六〇万円およびこれに対する昭和四六年九月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三五〇万円およびこれに対する昭和四六年九月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙目録記載の建物(以下本件建物という)のうち一階西側部分八坪(以下本件賃借部分という)に対する賃借権を昭和三八年一二月ころ当時の賃借人上田早苗から代金一五〇万円で譲りうけ、金一五〇万円の費用をかけて本件賃借部分の内部を改装し、「カボーラタン」の店名で本件賃借部分においてスナック店を営んでいた。

右スナックは、極めて斬新な雰囲気と六本木という場所から非常に繁盛し、雑誌週刊誌にも紹介される程であった。

2  被告は、昭和四〇年に訴外株式会社東屋商事から本件建物の所有権を取得して右株式会社東屋商事の賃貸人たる地位を承継し、その後昭和四一年五月ころには直接原告との間で期間を二年とする本件賃借部分に対する賃貸借契約を締結し、以後期間満了の都度これが更新をして来たものであって、賃貸人として原告に対し、本件賃借部分を原告が使用収益できる状態におく義務を負っていたものである。

3  ところで被告は本件建物の敷地である別紙目録記載の土地(以下本件土地という)の所有者である訴外田中光男から訴をもって本件土地の不法占有を理由に本件建物を収去して本件土地を明渡すよう請求されて敗訴し、右不法占有の事実を知らなかった原告も同様に右田中から本件土地の不法占有を理由に本件賃借部分から退去して本件土地を明渡すよう訴求されて敗訴し、原告は昭和四五年一〇月強制執行をうけたため已むを得ず同年一一月一五日ころ本件賃借部分から退去した。

4  被告は本件建物の所有権を取得して本件賃借部分の賃貸人となった当時本件建物の敷地利用権を有しないことを知っており、従っていつかは土地所有者に対し本件土地を明渡さなければならず、原告に対し本件賃借部分を使用収益させることが不能となることを知りながら、あえて本件建物を取得し賃貸人としての地位を承継したものであり、かりに被告がこれを知らなかったとしても、建物の賃貸人たる地位を承継するに当ってはその土地利用権の有無につき十分調査を行なってこれが存することを確認すべきであるのに、これを行なわずに漫然本件建物の所有権を取得して賃貸人の地位を承継したものである。

5  原告が前記のとおり本件賃借部分から退去してこれを使用収益しえなくなったのは、被告が右のようなその責に帰すべき事由によって賃貸人としての義務の履行不能を生ぜしめたことによるのであるから、被告はこれにより原告の蒙った損害を賠償すべき責任がある。

6  原告の蒙った損害は、本件賃借部分におけるスナックの営業権および借家権の昭和四五年一一月一五日ごろの時価相当額金三五〇万円である。

7  よって原告は被告に対し、金三五〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四六年九月七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1は不知。

2  同2は認める。

3  同3のうち原告主張のような各訴訟が提起されて被告および原告がいずれも敗訴したことは認める。原告が不法占有の事実を知らなかったとの点は否認する、その余の事実は不知。

4  同4ないし6は否認する。

三  抗弁

被告は、本件建物の敷地利用権がないことを知らずに本件建物の所有権を取得して賃貸人の地位を引き継いだものであり、また敷地利用権のないことを知ってからは、賃貸人としての義務を負担すべく原告に対する建物退去土地明渡訴訟について弁護士を斡旋したり有利な証拠を得るため奔走して当然勝訴判決を得られると確信していたものであり、訴訟の結果が敗訴となり原告が建物退去の強制執行をうけたことについて被告に故意、過失はなく、また被告自身が原告の賃借権を侵害したものでもない。かえって原告は、訴外上田早苗から賃借権を譲りうける際、本件建物所有者が土地不法占有者であるか否かにつき調査すべきであったのにその調査が不十分であったのであるから、原告が本件賃借部分を使用できなくなったのは自業自得であって、原告の右賃借権譲受後に賃貸人の地位を承継した被告にはその結果について責任はない。

したがって原告が本件賃借部分を使用できなくなったのが被告の賃貸人としての義務の履行不能によるものであるとしても、右履行不能は被告の責に帰すべき事由によるものではない。

四  抗弁に対する答弁

被告の右主張はすべて争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和三八年一二月ころ訴外上田早苗から代金一五〇万円で本件賃借部分の賃借権を譲り受け、本件建物の旧所有者である訴外株式会社東屋商事との間で期間を五年とする賃貸借契約を結び、右上田が同所においてバーを経営していたため、右賃借当初一五〇万円をかけて本件賃借部分の内部をスナック風に改装し、スナック「カボーラタン」を営業して来たことを認めることができ、被告が昭和四〇年に訴外株式会社東屋商事から本件建物の所有権を取得して右賃貸借における賃貸人の地位を承継し、昭和四一年五月原被告間に改めて賃貸借契約を結び、その賃貸借期間を二年とし、右契約が期間満了の都度更新されて来たことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原被告間には昭和四五年一〇月一日締結した期間を昭和四七年九月三〇日までとする賃貸借契約が存在したことが認められる。

二  原告が本件土地所有者である訴外田中光男から土地の不法占有を理由として本件賃借部分からの退去と本件土地明渡を求める訴訟を提起されて敗訴したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、原告は、本件賃借部分の退去の判決により昭和四五年一〇月一九日強制執行をうけたため本件賃借部分から退去せざるを得なくなり、同年一一月に本件賃借部分から退去したことが認められ、一方被告も右訴外田中光男から土地の不法占有を理由として本件建物の収去と土地の明渡を求める訴を提起されて敗訴したことは当事者間に争いがなく、これによって被告自身も本件建物を収去しなければならなくなったのであるから、原被告間の前記賃貸借契約における被告の賃貸人としての義務は履行不能の状態になったということができる。

三  そこで、被告主張の帰責事由不存在の抗弁を検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、被告が本件建物を取得した当時既に本件土地所有者田中光男から本件建物の収去を求める訴が訴外株式会社東屋商事に対して提起されていたが、被告は、その事実および本件建物の敷地利用権がないことを知らずに本件建物を取得し、右訴訟が控訴審に係属後にその事実を知って訴訟引受をしたこと、また原告に対して本件賃借部分からの退去を求める訴が提起されたため、原告のため弁護士を依頼してやったり証拠の蒐集をしたりしたことを認めることができる。しかし被告は、本件建物取得当時土地利用権のないことを知らなかったとしても、建物収去を求める訴の係属を知ってからも原告との間で賃貸借契約を結んでいるのであるから、被告が原告のために弁護士を依頼し証拠を集めるなどした事実があり、また後に判断するように前記の結果を招くについて原告にも過失があったとしても、右訴訟に敗訴して被告の債務が履行不能となったのが被告の責に帰すべからざる事由によって生じたものということはできず、結局被告の帰責事由不存在の抗弁は採用できない。

四  つぎに本件賃借部分を使用収益しえなくなったことによる原告の損害について検討する。

原告が被告の右履行不能により蒙った損害は、被告の債務が履行不能となった前記昭和四五年一一月当時の本件賃借部分の営業のための借家権の価格相当額であるというべきところ、鑑定人丸山皓録の鑑定の結果によればその価格は金二四一万円であるというのであるが、右鑑定は、原告および本件土地所有者田中光男の説明、公簿等により既に滅失している本件建物の構造を木造厚型スレート葺二階建店舗兼共同住宅、敷地を一〇〇平方米、本件賃借部分はそのうちの一階北側店舗二六・四四平方米と推定し、建物とその敷地の正常価格を求め、これから実際支払賃料による収益価格を控除した額について、本件賃借部分の本件建物に対して占める面積、用途、位置による効用比を二一パーセントとして配分した額をもって本件賃借部分の借家権の価格としているのであって、本件建物および賃借部分の状況、敷地面積などいずれも推定して評価したものであるから、これを損害賠償額の判断の資料とするに当ってはできるだけ控え目に修正するのが相当であり、本件履行不能当時の借家権の価額は少くとも二〇〇万円であったと認める。

五  ところで、≪証拠省略≫によれば、原告が上田早笛から本件賃借部分の賃借権の譲渡をうけた際、既に本件建物の当時の所有者株式会社東屋商事を相手として本件土地の不法占有を理由とする本件建物の収去ならびに土地明渡を求める訴が提起されており、本件建物については将来裁判によって敷地利用権が否定される危険があったのにかかわらず、原告はこれに気がつかずに漫然と賃借権の譲渡を受け、さらに被告が本件建物の所有権を取得した後は被告と直接に本件賃借部分について賃貸借契約を結び、その後原告に対しても同様の理由で本件賃借部分からの退去と土地明渡を求める訴が提起されたのに、右訴訟については一切を被告にまかせて、自己の権利擁護、債務の履行確保に努力することがないのみか、その訴訟中においても賃貸借の期間が終了するごとに契約を更新していること、とくに最終の契約更新の際は原告敗訴の判決がすでに確定していたのにこれを確かめもせず、権利金などを払うことなく新らしい賃貸借契約を締結していることが認められる。

かような点を考えるならば、原告の賃借権は最初譲りうけた当時から不安定なものであったといえるし、本件の履行不能が生ずるであろうことは原告においても知っていたか少くとも知りえたのであるから、前記の履行不能の結果を招くについては賃借人である原告にも過失があったと認めるのが相当である。

そして、以上認定の諸事情を総合して考察すると、前記履行不能についての原告の過失は七、被告の過失は三の割合と認めるのが相当である。

六  してみると、原告の本訴請求は前記履行不能による損害について右割合によって過失相殺をした金六〇万円の限度で理由があるのでこの限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 西村四郎 三浦力)

<以下省略>

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